前回に続き、最近読んだ一冊についての所感を共有させていただきます。今回は、山口周氏の著書『人生の経営戦略』について取り上げます。
この本では、企業経営で用いられるさまざまな戦略フレームワークを人生やキャリアに応用し、よりよく生きるための「戦略の立て方」が紹介されています。それぞれのフレームワークは非常に示唆に富んでおり、私自身も大いに共感し、参考となりました。
本稿では、特に経営幹部やそれを志す方々、またプロフェッショナル人材にとって有用だと感じたポイントに焦点を当ててご紹介いたします。
正しい人生戦略は「正しい目標設定」から始まる
本書の根底にあるのは、「正しい戦略は正しい目標設定から始まる」という考え方です。
山口氏は、限られた「時間資本」を適切に配分しながら、持続可能なウェルビーイングを実現することで、たとえ余命宣告を受けたとしても、「自分らしく、良い人生だった」と納得できる人生を目指すべきだと説いています。
ウェルビーイングを構成する3つの資本
著者は、人生というプロジェクトを進めていくうえで、以下の3つの資本の存在と相互関係を理解することが重要だと述べています。
- 人的資本(スキル、知識、経験)
- 社会資本(信用・評判、ネットワーク、家族や友人との関係)
- 金融資本(現金、株式、不動産など)
人的資本によって社会資本が生まれ、社会資本が金融資本を生み出す、という流れが本質的な構造です。
ここで特に重要なのは、「人的資本と金融資本は直接つながっていない」という視点です。
たとえば、私たちはスキルや知識を労働市場で取引していますが、その際に意思決定を左右するのは、スキルそのものではなく、「誰がそのスキルを持っているのか」に対する社会的信用や評判です。つまり、金融資本を生み出すのは、学歴や職歴といった表面的な人的資本の「代理情報」ではなく、本人が持つ社会的評価であるということです。
ウェルビーイングの3要素と資本の対応
著者は、ウェルビーイングを以下の3つの要素に分解し、それぞれが先述の資本と対応しているとしています。
• 自己効力感(→人的資本)
自らの能力を信じ、人生を主体的にコントロールできている感覚。自分が役に立っているという実感。
• 社会的つながり(→社会資本)
仕事や家庭、地域社会において信頼や良好な人間関係を築けているという感覚。
• 経済的安定性(→金融資本)
生活に不安がなく、ある程度の経済的余裕がある状態。
これら3つをバランスよく高めることが、真の意味でのウェルビーイングにつながるといいます。
なお、金融資本の過度な追求が、人的資本や社会資本の形成を疎かにすることがある点には注意が必要です。それにより、「表面的な成功は手に入れたが、人生の満足感は得られなかった」という事態に陥るリスクもあるのです。
キャリアにも「四季」がある
また本書では、キャリアにおける重視すべきポイントが年齢とともに変化していくことを、人生の「四季」にたとえて説明しています。
• 春(〜30歳前後):「試す」
様々なことに挑戦し、自分の得意・不得意や情熱を注げる領域を理解し、探索する時期。
• 夏(30代〜50代前後):「築く」
注力すべき領域を定め、自分の時間と労力を集中的に投下し、その領域で人的資本・社会資本を構築する時期。
• 秋(50代〜70代前後):「拡げる」
夏の時期に築いた資本を土台に、本業外にも活動を広げ、人生の冬への移行を準備する時期。
• 冬(70代以降):「与える」
これまでの人生で培った様々な経験をもとに、後進にアドバイスを与え、活躍の機会を与えるフェーズ。
もちろん、人生のステージやタイミングには個人差があることも明記されています。私が日々接している経営幹部層の方々は、この四季の切り替わりがもう少し早い印象も受けています。
私が本書に特に共感したのは、すべての議論の前提として「ウェルビーイング」が据えられている点です。
そして、著者が掲げる
「いつ余命宣告をされても、自分らしい、いい人生だったと思えること」
という目標設定には、非常に深い納得感がありました。
日々、私は多くの経営幹部やプロフェッショナル人材と面談していますが、そこで多く語られるのは「スキルアップ」「能力アップ」「報酬アップ」など、人的資本や金融資本に関わるテーマが中心です。もちろん、これらはウェルビーイングを構成する重要な要素です。
しかし、時に「社会資本」の視点が抜け落ちているようにも感じられます。実はこの社会資本こそが、金融資本の形成を後押しし、ウェルビーイング全体を底上げする土台となるのです。
最後に
私たちは「社会の役に立ちたい」「幸せになりたい」という思いを原動力に仕事をしています。
今、自分は人生のどの季節にいるのか。そして、これからの人生設計・キャリア設計をどのように描いていくべきなのか。よろしければ、何かしらのヒントにしていただければと思います。
(2025年5月20日)